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SOUL REBEL

Posted: 2013/04/23 –
栃木に引っ越しして早1年。
僕に限ったことではないかもしれませんが、
驚くようなシンクロ体験がたくさんあった1年でした。
その移住の決意をした瞬間からそれは続いていて

心のままに行動すること。

これが全てを引き寄せているのだと思います。

だいぶ昔に書いたかもしれませんが、
一度心に決めたことは、失敗を恐れずやった方がいい。
そこには様々な障害が降り掛かってくるかもしれないし
色々な「やっぱやめた方がいいんじゃない??」
の囁きが聞こえてくるかもしれない。

当たり前のように時計を見ない日は僕らの日常にはなく、
1分1秒を正確にカウントされていく。
果たしてそれは本当の時間だろうか?

この人生を、今いる両親の子として、自分の意思で生まれてきたのならば
目の前に起こる全ての出来事は(仮)未来の自分が
ある気付きを促すために引き起こしているのではないだろうか。
つまり自分たちは、ある目的をもって、今ここにいる。
本当に自分がやりたいこと、魂が望むことは何だろう?
外に答えはない、黙して、内なる自分に問うしかない。

知識や情報に「縛られない」心が感じ求める方向へ。
自分で決めつけた囚われの観念を捨て、本当の自分らしい生き方をしたい。

そんな人が、自分だけでなく、
最近は増えているんじゃないでしょうか。

一本軸の通った自分があれば、どこにいても仲間はすぐに出来ます。
今の自分を、魂を、100倍信じることが出来たら
きっと明日から、全く違う人生を歩むことになるでしょう。
そんなワクワクする心や、挑戦してやろう!って心も
普通の人は年とともに忘れていってしまうんだろな、、
最近はそんな風に思ったりもします。

マイノリティである自分を知り少しショックだった1年前。
排他することでしか、自分を主張できないでいたのかもしれません。
けど、自分を卑下しないで誇ること。日本人としての自分を誇ること。
自分を尊敬し、他人をもっと尊敬する。尊敬は愛に変わる。
それが神の領域なんじゃないかと思っています。
ストリートカルチャーへの畏敬も
世に生きる全ての老若男女への畏敬も差はないのです。

全ては学びのために…
そう思うとアホらしくなるほど辛いことも感謝の気持ちで迎えられる。
現実は明日からいきなり180°変身できるほど甘くはありませんが
魂を、本気でぶつけられることを毎日つづけるべきなんだと思います。



闇の奥には光がある

Posted: 2012/11/07 –
数年前、精神的にとてもキツい時期がありました。
他人から見れば大したことではないのでしょうが
自分にとっては毎日が五里霧中で、
只々こころを擦り減らす日々で、いつかそれが
りんごの芯みたいになっちゃうんじゃないかと本気で思っていました。
精神科のある診療所の前まで行って、そこに入ったら帰ってこれなくなる、
と思ってとっさに家に引き返したこともありました。
とにかく答えの出ない闇のなかを彷徨っているような感覚の毎日。
それでも周囲のテンションに必至についていこうと無理をしますから
からだにその歪みが返ってきて、やたら風邪をひいたりしていました。

自分がそんなんでも、幸運にも目にかけてくださる方や優しい友人はいて
懸命にアドバイスをくれたり、世話を焼いてくれるのですが
殻に籠ったままのこころでは、それらも焼け石に水のようなものです。
今思うと、何て蕪村な態度で臨んでいたのだろうと
感謝の念と共に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまいます。

毎夜、真っ暗闇のこころのなかを歩きながら自分の生きてる意味を問う。
何のために生きるのか?答えを見つけたくて必至にもがいていました。
むしろ、それを明快に出すことが出来ないまま生きることは出来ない、
とさえ思い詰めていました。

しかし、この闇は重要な教えでありカルマでもあり、
その先に光がいずれ指すことをこのとき知っていましたから
自身を保つこころだけは折れることは決してありませんでした。


小学生のときテストで96点をとって自慢気に父親に見せたら
「100点でないと意味がない」と言われたそのときから
学校での勉強についてはずっと疑問を抱いてきました。
きっと今だったら「じゃあみんなが100点取ったらどうするの?」
って聞くことでしょう。
本当の勉強はすべてストリートのなかにあったと思っています。
すべては自分をさらけ出したときから始まる、と知りました。
芸術に答えはありません。そのときの自分すべて、
ありのままが作品となり、放たれ、世を泳ぎ渡っていきます。

進学校で廃部寸前、部員3名の美術部に入ったのは高校3年のときでした。
自己分析をすると、感覚優位で生きてきたのだなぁ、と思いますが
人生を照らす明かりのひとつはこの道にある、と
このとき既に確信していたのでしょう。
偏差値社会の闇から抜け出す道はこれしかなかった。(と当時は思った)
これが僕の人生の於いての最初の光だったように思えます。

環境が修繕されたいまだから言えますが
上京してきた頃は家族関係も決して良いとは言えず、
そのフラストレーションのエネルギーをぶつけるかの如く
毎夜のようにダンスフロアーに爆音を投下したり踊ることで自身を保っていました。
NO FUTUREまるだしでDJしていて、暗い、渋い、ドープ…そんな音ばっかで、
その影響は今も否めませんが、、とんだエゴ丸出し野郎でした。
そんな日々は結果10年近く続いたのですが、
横の繋がりで生きるという、社会ビジョンをそのなかに垣間みたことも確かです。
人と繋がれない孤独から来る自殺が社会問題となってきた時期とも被り、
この時期にそういった生き方をしていたことは「教え」以外の何者でもありません。

このように自分の過去を振り返っても、
闇のあとには必ず光がありました。
しかしそれは、か細く、何より自分自身での
「気づき」がない限りキャッチできません。
掴んだら、それを遠心力を利用するように
うまく勢いづけて、太く、大きくしていけばいい。

闇と光は表裏一体。
闇を先入観で恐れることは、何も意味がありません。
大きく深呼吸して、じっくり向き合い、それさえも
楽しみにしてしまいましょう。


最近、僕が発信したいメッセージは何なのか?
と言いますか、言いいたいことは山ほどあるのですが
うまくまとめられず、ずっとこのBLOGは放置していました。

僕という生き方は一つしかないし、それがメディアにさえなる時代。
今日はちょっと重く「闇」の話でしたが、
幸せに楽しく生きるためのコツをこれからは綴っていきたいと思います。
そのためにまず、自分が最高に人生を楽しみ謳歌することですね。

先日出会った言葉で
「笑い」は「和来」であって「和が来る」との意
というものがありました。

この魔法の波動を、言葉に置き換えて伝えるのが目標です。


なぜ今「農」を学ぶのか

Posted: 2012/08/28 –
なんという気まぐれなブログになったことでしょう。
自嘲してしまうくらいマイペースに「頑張らずに」更新してますが
こんだけ長い間書かなかったことは開設以来ありませんでした。
もうコケが生えかけてますよ〜、と自分に言い聞かせてます。
その間、チェックして批判、期待、はたまた呆れ、
少しでも感情を巡らせ、ここに想いを馳せてくれた方がいたことは
存じております。ありがとうございます。


日々劇的だと「思っていた」東京生活を離れて早半年。
まあ、夢を持っていればどこにいても同じかな、というのが最近の感想です。
今年の春夏、僕は何をやっていたか?といったら「畑」としか言いようがありません。
とにかく本気で、今、このときに「農」を学びたいと思った。
農家になりたい訳ではない。なぜ「今」なのかと言えば
それがこれからの生き方の1つの基軸になると直感しているからです。
塩見直紀氏のことば「半農半X」…
3.11以降この言葉は自分の脳裏から離れないどころか
日々その重みを増していっています。
自由、社会、貨幣、子孫…これからはそれらに対し
明快なビジョンを持つための「戦い」を挑まなくてはいけない。
遅かれ早かれ「今は関係ない」と思っていても必ず個人が
それらに対し答えを出さなくてはならないときが来るはずです。

僕は畑を隣の空き地につくったら、当然日々近辺の方々の目に触れるので
自然とコミュニケーションを取るようになりました。
隣の小学生と播種や草むしり、収穫したりして
「いいな〜、わたしもやりたい!」
と言わしめたので、たった4ヶ月だけど1つ大事なことを伝える事ができ、
白い目で見られながら耕起して僕がうつけになった日々は
ムダではなかったと安堵したのでした。

食物をつくる行程に触れると、嫌が応にも
自然の摂理やセンスオブワンダーを学ばざるを得ません。
ふと立ち返って人間ばかりに囲まれた社会のなかに自分がいるとき、
「不自然」に気付くタイミングが出てきます。
自然から学ぶことは多く、畏敬を抱かざるを得ません。

僕は自身の歴史年表を先日書いてみました。
そのなかに頻出し抽出されるキーワードには
「造形」「音楽」そして「自然」がありました。
東京にいてずっと恋焦がれて居たものは自然であり
それが農と帰結し情熱で僕を動かしているのです。
そして継続してきた美術や音楽に関すること、
これらが僕が一生涯やりたいこと、つまり「X」なんだと
今さらながら確信しました。

正直言ってここ数ヶ月はDJという表現に
興味が薄れていっていたことは否めません。
しかしSOLEA君らとはじめたorbitでの
アンビエントミュージックパーティーでの
肩肘張らないスタンスやオーガニックな表現に
また新たな活路を最近は見いだしてきました。

『「自然」の「造形」で「音楽」を演る』

これがこれから追求すべき自分の音楽スタイルかもしれません。


農を中心に見据えて、ライフスタイルのなかから
天職を追求し発信する、個々が屋号を持って独立し
小さなコミュニティーから社会を変えていく!
というのが最近の理想的ビジョンになってきました。


ROOTS RADICAL

Posted: 2012/07/05 –
先日「デモにはもう行かない」と思い切って言いましたが
それは自身の在り方を問うための言葉で
そこに行っている方々への非難や
原発の良し悪しを意味するものではないので
誤解なきようお願いいたします。

広島で被ばくしながらも医療活動を続けていらっしゃる
肥田舜太郎医師の『ヒロシマから「内部被ばく」と歩んで』を
先日地元の書店で購入して読みました。
氏は戦後、その書のタイトルにあるよう「内部被ばく」の危険性について
訴え続けてきた人物の一人であります。

僕たちはこれから「放射線時代」を確実に生き抜かなくてはなりません。
そのためには放射線についての勉強はもちろんのこと
いかにして今の日本が成り立っていったかというその歴史と
これからの「こうありたい」という社会のビジョンを個々が持たねばなりません。
被ばく国がなぜ核を容認するのか、冷静に考えて老若男女が疑問に思うべきです。

この本には、当時被ばくした多くの人が
それを理由に体調不良を訴えると警察に目をつけられ
自己申告を自重せざるを得ないムードが作られたことや
核分裂反応がそもそも兵器をつくるための技術であり
原子力発電はそこに目をつけ金儲けをしようとし始めたビジネスであることなど
知ってそうで知っていない、今に通じる日本の体質が記されています。

そもそも原爆投下後、反米感情を何よりも恐れたアメリカがやったことは
「情報統制」です。(思えばこのblogの最初期の投稿もこの話題についてでした)

放射線障害は前例のない病状であり、
当然のことながらその情報さえ流さなければ対策も薬も研究されることはないのです。
だから原爆、原発にまつわることは完全犯罪であり得る恐ろしいことなのです。
被ばく対策の情報開示を米国軍事医に求めた肥田医師は
「敗戦国民のお前にそれを知ることは認められない」と言われ、
それを唯一指示できるのは米国大統領(当時はトルーマン)のみだ
とつっぱねられたそうです。

何という、人権も、命の価値もないような話でしょう。

僕は、現代において「反社会的」であることは
もはや逆に「社会的」であるとさえ感じてしまいます。
キツい言い方すれば、テレビの情報のみ鵜呑みにしていることさえ
もはや気づかないくらい麻痺してる脳が作っているのが
現代の社会かもしれません。

盲目に信じてきたことはあまりに大きいのではないか???


こんなこと言うと何も筋が通ってないのだけれども
音楽をやっている人たちは直感力に長けているんです。
感覚で、これがヒューマンネイチャーとして正しい!ってことが
わかっていると思うんです。
言葉にはなかなか出来ないから表現しているのかもしれません。

ここにはそういうことを沢山書いてきたつもりだけど
人を繋ぐ音楽の力には教えられ、何度も助けられているし、
人類の理想的な共生ビジョンがあることも経験的に知ることが出来ました。

だから社会で働くサラリーマンはもう少しそんなミュージシャンの声に
耳を傾けてみて欲しいと思うし、ミュージシャンは精一杯毎日を生きてる
サラリーマンの感覚を知る術を持って欲しいと思うのです。

僕は音楽をやっている人間です!なんてまだ胸はって言えるもんじゃないけど
少なくとも違うフィールドで精一杯やってきた自分の感性を
大多数の社会のなかでクロスオーバーさせたいと願って帰郷した点もあるんです。

やはりそこを度外視していては始まらない、
エネルギーのある音楽仲間たちやシーンだけど
そこにいるだけじゃ始まらないと思って飛び出してみたかったんです。

伝えるチャンスも場所も毎日横にあって
自分自身の行動全てが「デモ」になるのです。
だから官邸前には行こうとは思わないのです。
来週も集ってます!って言われても…正直ピンと来ない。
24時間、五感フル稼働で伝えたらどんだけ変わるか試してみたい。

あまりに色んな価値観があるカオスだけど
根本の根本に立ち返っていこう!
温故知新の先端を行こうぜ!
って言うのが僕のメッセージです。



醸せyourself

Posted: 2012/06/08 –
昨日自分の畑をいじっていてとても重要な発見がありました。

詳しくは「不耕起栽培記」の方に書きましたが、
巷でも発酵食ブームで話題となっている微生物の存在についてです。

カビや麹菌など目に見えるものもありますが、
その多くは人の目では見ることのできない世界で生きています。
見えない世界を信じることは科学の発展と共に生きて来た
我々人類にとって残念ながら容易なことではありません。

その小さな世界から、わたしたちの目に見える大きな世界に至るまで全ては
「相互扶助」が、まさに「自然」に成立していてムダが本当にないんだ、
ということを、自分の畑の横に積み上げられた雑草の根に集まる微生物と
それが住む土を好んで食べるミミズ、その糞土で育つ植物、という流れを
みて悟ったのです。

ここでいうムダとは、一方通行的なエネルギーの流れであり
わたしたちの身近なことだと「消費」に当てはまるとも言えるかもしれません。

根は一方的に養分を吸収するだけのように思われがちですが
じつは自らの力で分泌物を出し、土中の微生物を育てるかわりに
微生物は自らの体に栄養素を結びつけて、それらを根にもたらすのです。

いっぱい光合成をして旺盛に分泌すれば、
そのぶん根を張り巡らして自分も成長することができます。

これは人間個々にも当てはまるのではないでしょうか。
利己的、責任感のない人間が増えてるという話を最近よく聞きますが
「他を助けることで自分が成長できる」ということが自然の摂理であれば
他を顧みない生き方をした先には何が待っているのか想像するのは容易いでしょう。

「畑は大きな味噌樽だと思え」という偉大な先農の言葉がありますが
その小さな根まわりの微生物の世界を広げるところから、
最終的な収穫というゴールに辿り着くことができるわけです。

自らの体のなかを醸(かも)すことによって社会全体が醸されてゆく。
健全な心は健全な体に宿る。
You are What you Eating. 食べ物があなた自身を作っている。

消費について改めて個々がもう一度じっくり考えてみて欲しいと思います。
毎日コンビニ食で化学調味料ジャンキーに知らないうちになってしまっていて
イライラした態度で人とつきあって、ストレス溜めながら仕事して稼いで
気づいたらガンになって莫大な医療費にそれをつぎ込んでたり…
どうかこんな負のループにはハマって欲しくないと切に願います。

見たくれに騙されず、本当に「気」のあるものを見極める勇気と知恵を持つこと。
いまは物事の価値観の過渡期で、最初は変人扱いされるかもしれないけど
理性じゃなくて感性で悟ったことは間違っていないと絶対的に信じること。
醸され研ぎすまされていけば、何が正しく何が間違っているか、
見極めることができると僕は経験的に思っています。

ましてやそれが自分らしさに繫がるし、全快にそれで輝けば
色々繫がって生きる道は「自然」と開けるんじゃないかな、と思うのです。


不耕起栽培記

Posted: 2012/05/22 –
不耕起栽培記はじめました。

http://tomenofarm.blogspot.jp/

先日こちらでも紹介した隣の空き地の開墾日記です。
空き地で無農薬野菜が作れるか?日々の実験備忘録。


未来の架け橋と成れるか?

Posted: 2012/05/21 –
先週の東京漂流4DAYS、遊んだ皆さんありがとうございました。

水曜のGRASSROOTSでは二羽さんの音に癒され、
後日ぶらり立ち寄った西荻窪BABOYでは
大学時代の友人に8年ぶりくらいの奇跡的再会を果たし
そのままWARPのLIFE OF DUBで遊ぶというヤーマンな週末でした。

多くの人と出会いたくさんの話をしました。(久しぶりで嬉しかった)
色んな人に今の等身大の話したら、みんな「いいね!」と賛同してくれ
先々の思ってるビジョンについても「俺もそんなこと最近考えてた」といった
反応があり、栃木にいて一人でモヤモヤしてた不安が払拭されました…。

正直言えば
「畑ばっかやっててあいつ音楽やめたの?」って言われるのにビビってました。
中にはそう腹のなかで思ってる奴がいるかもしれない。
けど本当に信頼している仲間や先輩が後押ししてくれてるならそれは
東京での自分の音楽活動を少なからず認めてくれた証だし、
みんな次のステップに期待してくれているってことなんだと分かりました。
だから今思ってることを精いっぱいやる、かたちにする。しかも今度は一人で。
過去に一人でやったカレー屋は半信半疑のままスタートしてしまったから
失敗したけど、今回のビジョンは何か自信が持てる。みんなの喜ぶ顔が見える。
まだぼんやりだけど…こういうことが自分のやるべき生涯の仕事と成るのかもしれませんね。

改めて、良くも悪くも東京は刺激が多い街ですが、
今やその街のあり方も、日本のあり方も変わろうとしています。
僕はここから、っていうのが最近見つかった気がしていて嬉しい。
激動の時代のなかでこそ本当に考え自分の道を知ることが出来るのかもしれません。


そんな訳で、東京にいた10年以上をムダにすることなく、
こちらでアップデートした活動をしていきたいと思う次第です。

「農ライフ通信」も力を入れてアップして参りますのでお楽しみに!


あと…

結構BLOGチェックしてくれている方いらっしゃるんですね!
(嬉し半分プレッシャー半分、、です)








LAST AMBY

Posted: 2012/04/07 –

先週木曜の【AMBY】最終回ありがとうございました!
(写真はDJ・SUGER-T氏/ナイスレゲエセレクションでした)
色々あった3年間でしたが、たくさんの人との交流を持てた楽しい時間でした。
BIG UP 32016!梅ちゃん、TDKR麺ホント長いあいだありがとうございました。

飽食社会

Posted: 2012/03/29 –
住環境が変わり、ほぼ規則的にきっちり
一日3食たべるようになったら不健康になった。

と言ったら「えっ?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。

ちょっと極端な言い方をしましたが、
ここ2週間で背中や腕、首などに蕁麻疹がでてきたので
最初は湿度や気温のせいかな?とも思っていましたが
これはもしや??と思い、数日朝食を控え甘酒一杯にし
一日2食にしたらあっさり完治。
昔はステロイド入り塗り薬を使って
一時的に良くなっても最終的に悪化の一途を辿るばかりでした。


これは肝臓が疲れてしまっていたんですね。
まあ、美味い酒があるのでつい毎日晩酌していたこともあるのでしょうが…笑

肝臓はいわば体の清掃工場で
体内に溜まった毒素を分解・排出する器官です。
アルコール分解はじめ、酸性過多になった血液を浄化したりします。
また、白砂糖や肉はこの肝臓の働きに負担をかけると言われています。
実際に、その量を減らしてみるだけで違いは体感できると思うので
一度試してみることをオススメします。

うんちくはさておき、
体がこのように合図を出してくれることはとてもラッキーなことです。
自分の健康を過信しない、体の声に耳を傾けることはとても重要です。
多くの病をこじらせる原因は、この「過信」にある気がします。

また、こんな事言うとひねくれているように思われるかもしれませんが
TVや雑誌で太鼓判を押している食文化を鵜呑みにせず、疑うことです。
この食材には、このビタミンが豊富で〜、といった謳い文句をよく耳にしますが
自然食材に含まれている栄養価は、分類できない未知のものも多数あるのです。
そういった微々たる養分が、実は生命維持に大事だったりすると僕は思っています。

目に見えないものを、科学的に実証させることによって
人間は不安要素を取り除き、日々の安心を得ようとしてきた成れの果てが、今の食/医療文化です。

病気をして、栄養をつけるためより食べようとするのは人間だけらしいです。
人間が特殊な動物であり、社会や情報のなかで生きていることを自覚すれば
もうちょっとこの不自然な医療制度や保険制度も変わっていくことでしょうし、
言ってしまえば、ユダ金から原発利権の話にまで影響するアクションとなることでしょう。
日々の消費こそが、選挙とおなじ「意思表示」であるのです。

これから食のこと、医療のことは
大なれ小なれ誰もが生きて行く上で学ばなくてはならないことになると思います。
自然の恵みは、共生のヒントや知恵を既にたくさん与えてくれています。

↓は70年代に発売されたそんな知恵の詰まったバイブルです。


一年前の3/14、福島第一原発3号炉が爆発し危険を感じ名古屋へ避難した際、
ステイさせてもらった友人宅のキッチン横に置いてあったのが僕とこの本との出会いでした。
そんな意味でも、今後学ぶべきもののガイダンスだったと思って
マクロビ、自然療法を約一年生活に取り込んできました。

最近では、こういう情報を共有できる仲間も増え、
(この増え方も不思議な縁を感じる出会いが多いのですが)
一生懸命勉強したり、気持ちをこめて作った食べ物が人に伝わり
「おいしかった」「元気になった」という言葉を聞き、
人の健康体=高い波動を感じると喜びを感じるようになりました。


今、学ぶべきことはここでしかできない!と思って帰郷したので
日々研究、精進しております。

人生の喜びはこういうとこから生まれてくるのかな、
とぼんやり感じ始めている春うららな日々です。

ラフ・ガイド・ライン

Posted: 2012/03/27 –


このブログの趣旨についてここ数日考えていました。

3年前の始めた当初は、自身の音楽活動の発表の場として
そこに準ずる思考のプロセスの記録として残せれば、
と思っていましたが、
最近は主に、音楽、デザイン、農、社会問題 etc
総じて自分なのはわかっているのですが、
もっと一つの筋をつけないと
よくわからないものになってしまうし
何か意識していたり、その時々のフィーリングだけだと
いずれ書く事がなくなるということに気がつきました。

つまりそれは、僕の人生に於けるメッセージが何か
より深く考えることでもありますし、
日々の活動に対して、一体感を持たせるということでもあります。

単純な労働奉仕としての仕事をやめて以来、
生きるために必要な術が何か、
何によって自分が生かされるか、
それをずっと動きながら考えています。
すべてを賭けてみたい!と思えるのが
本当のライフワークとすべきことと考えます。
道元禅師の「心身脱落」然り、
多くの思想で「悟り」と呼ばれるものは
己のために生きる道でなく、
生かされる道を探すことです。

放射能のこと、経済のこと、音楽シーンのこと…
従来の価値観にとらわれている必要はもう全くないと思っているのですが
人間は一人で生きている訳ではありません。
社会があり、助けあって生きています。
そこには自分とは違う価値観を持つ人の方が、
実は圧倒的に多いのではないでしょうか。
メッセージを発する際は、多少の傲慢さは必要と考えますが
排他的であったり、一方的であってはならないと思います。

揺るぎない自分と、頑固というのは別モノです。

伝え方はそれぞれで、楽しみ方も千差万別。

「筋」を外さなければ、今の時代、
それ相応の面白いことができるんじゃないかと思ってます。

知恵を蓄え知識とする

Posted: 2012/03/25 –
先週末は久しぶり(といっても10日ぶり)に上京し
CheekyでDJ→GLOCAL出勤でした。
会いたい人もたくさんいたけど、
限られた時間で濃厚な時間を過ごせました。
お世話になったみなさん、ありがとうございました。
GLOCALは新しい棚が出来つつあるので(続きは次回上京時に制作)
見やすくなった店頭に、ぜひ足を運んでみてくださいね

来月は6本ほどDJがあるので
この栃木←→東京ペースにも少しは慣れて
もうちょっと上手く時間割りできるようになれそうです。
わずか2時間の移動で、こんなにも風景やヴァイブスが変わるものなのね〜
と今さらながらしみじみ感じたりしました。



いよいよ春になり、畑も本格始動します。
師である母と作付け計画を立てているさなか、
何と家の向かいの土地を貸して頂けるという嬉しい話も舞い込んできました。
「えっ、ジャガイモってナス科だったの!?」…そんなレベルの自分ですが
実地作業を控えて、毎日本など読んで少しづつ知識を得ています。

今、食べ物の作り方を学ぶ意味。

これは一生ものの知識であり財産です。

生きることに直結した勉強は、全く苦と感じません。
知恵を蓄え知識とする、
これが本当の勉強だな、と思うのであります。

勘を巡らす

Posted: 2012/03/20 –


美しい里山の風景、おいしい野菜、人々が助け合ってゆく暮らし、
そんなささやかな幸せのなかで生きてきたシステムが一瞬に崩れさる。
そんなこと誰も想像したくないし、まさかこの土地にそれが起こるなんて思ってない。

東京を離れたら色んな角度の意見が耳に入ってくるようになりました。

情報は腐るほど世に溢れているけど、
最終的には「動物的勘」が一番頼りになるのかもしれません。
だって、時の首相でさえ、本当の情報は得ることが出来なかったのですから。

↓はドイツ人ジャーナリスト「ヨハネス・ハノ」が今年制作したドキュメント。
(これもいつ消されてしまうかわかりませんが…)

view from my town

Posted: 2012/03/19 –
僕が通った中学校のすぐ近く、鬼怒川河川敷よこの台地に
13世紀末「芳賀氏」によって築城されたと伝えられる飛山城跡に行ってきました。
城跡なんで、当然城はないのですが立派なお堀とクヌギやナラの雑木林があります。
そして、高台から鬼怒川と宇都宮市街を挟んで望む、日光連山の盟主とも言われる霊峰
「男体山」(大きく3つ連なって見える山々の一番左側)

かつては軍事拠点として使われたらしく、この台地から狼煙をあげたそうです。
写真の茅葺き屋根の建物は、そんな兵士たちの詰め所として使われたものの再現。
半地下の建物のなかにはかまどがあったり、寝床として使った?小上がり等があります。

冬の夕方、天気が良いとこの西の方角に富士山が見えます。

改めて、自分の生まれ育った土地に、かつてどんな文化が存在したのか知ることは
名の由来はじめ、普段接する「食」「言葉」「音楽」などをより楽しむ
ヒントになり得ます。小さい頃は全然興味なかったけど、今これを知ることは
世代の壁をなくすツールとなると思います。まさにThink Local !!!

放射線量はこんな感じらしいです。(今年1月)
たぶんセシウム値なんでしょうが、他の核種は大丈夫なのか心配でもあります。


社会の中庸はどこにある?

Posted: 2012/03/16 –
最近は原発のこと、瓦礫処理のこと、
考えれば考えるほど混乱してきます。

と、言うのは
認識の違いは個人で大きく隔たりがあり
地方での瓦礫処理に関してだって、
僕は1%でも危険性があるなら実施すべきではないと思っていましたが
(比較の対象にはならないかもしれないけど、口蹄疫のときの完全屠殺の対応を見ると
そういう未然対策が日本政府のやり方だったと思っていたので)
リアルに復興の妨げになっていると感じている人から言えば
それは、あまりに自己中心的な発想なんじゃないの?ってことになるからです。
そりゃあ、復興して欲しいし、そこに住む人の暮らしを思うと胸が痛みます。
結局は経済やお金、人生の感じ方も、「あの日」以来細分化しつつも
端的に分離しつつある感じがしています。

あっちの人らはこういう意見だから、と一元論的に白黒言いがちだけど
グレーの人もいれば、7:3の考えの人だっているのが現状であり「社会」であるのは普遍です。
肝要なのは、自己の考えを持ち日常のなかにそれに対する姿勢を実行すると同時に
社会の中庸的意見がどこにあるかをよーく見据えておかなくてはならないことです。
現在日本の民主主義に於いては「多数」を占めるものが「社会一般」と認識されるのが現状。
そこを無視しての意見は門前払いを受ける、相手にされない、偏見の目で見られ浸透しない、
ということを、意見を言う人は十分に認識しなくてはいけないと思います。
実際に様々な職種、年代の人らと話を実際にぜず、
twitterばかりみてると頭の思考も偏ってきてしまう気がします。
現にtwitterやっていない人口の方が圧倒的に多いのですから 笑

僕は、福島や岩手の瓦礫山積みの現状を実際に見ているわけではないので
断定的なことは何も言えないと思っているのですが
実際のところはどうなのでしょう?

瓦礫は本当に地方まで持っていかないと処理しきれない量なのか?
焼却から出る放射能濃度だって、実際に測定したと言うけど
燃やした瓦礫の部位や回収した地域によって差は出るんじゃないのか?
…など、肝心要の知りたいとこはTVじゃ報道されません。


東京を離れたことによって
社会の風の感じ方も大きく変化しました。

東京にいて、ものすごい数の人の渦のなかにいると
「反原発」のネガティヴな部分のパワーばかりを受けすぎて
本当の意味での調和を考える、感じる余裕すらなくなっていました。
とにかく「怒り」や「不安」が先行する。
これは情報過多の状態であったのかもしれませんし
咀嚼する器が自分になかっただけかもしれません。

いずれにしても、最近考え方は少し変わってきました。

原発はない方がいいに決まっているけれども
様々な人の「暮らし」や「豊かさ」を考えたときに
どういったライフスタイルの提示が支持されるのか?

そこに自分が「生かされる」道のヒントがあると確信しています。
この先一年くらいで、その答えを見つけなくてはならないし
そのために、ここに今いるんだ、という気持ちで日々自分のケツを叩いています



seed! seed! seed!

Posted: 2012/03/13 –
今日、「たねの森」にて、今年作付け予定の種子を注文しました。
ここの種は、F1(一代交配種)でない、エムアール種とか固定種と呼ばれているものを
厳選しています。

東京にいるときに、せめてベランダ菜園をやろうと思って
種を買いに、とりあえず近所のホームセンターに行ったら
そのほとんどはアメリカ、イタリア、チリ、インド産などでした。
これらは、遺伝子組み換え作物について調べてみたことのある人なら
ご存知かもしれませんが、まさにアグリビジネス先進国でもあり、
実際に近所で売られているほとんどがそうであったことに
ショックを受けたことは言うまでもありません。

僕はこういった、原種を扱う店については
今年になっていざ自分で畑に取り組もうと思うまでは無知でした。
きっかけは西荻窪のほびっと村でしたが、
近年は頻繁に、自分の畑で大事に育て収穫した一つの作物の種を
同じように他の畑の方と交換する場が設けられているそうです。
理由は、単純に一つの家で多くの原種をつくるのは難しいからです。

日本が既に遺伝子組換え作物の消費大国であることを認識した上で
幅広い層の間でTPPへの反対 / 賛成を議論すると同時に、
こういう交流を兼ねた動きが定着していったらいいな、と思います。



物質的豊かさと繋がり

Posted: 2012/03/11 –
それぞれの1年。

大きく価値観が変わった人もたくさんいらっしゃることでしょう。
もちろん、僕もその一人です。

「東京」と「自分」
そして「世界」と「自分」

自分が先に進むため、
何をして生きるべきか
1年間よーく考えた結果、
このタイミングで地元・栃木に帰ってきました。

満12年の生活を経て得たものはたくさんあり、
20代をどっぷりそこに浸かって生きたことは
これからの人生での価値観を形成する基盤となりました。
素晴らしい人やモノとの出会いは
格好つけて言えば必然だったと思うし、
奇跡的としか言いようのない偶然にもたくさん出会えました。
酸いも甘いも、めぐりであったと思って全てに感謝です。


地元があるというのは幸せなことです。

『Think Local, Act Global』を考えたときに
そこには、「のびのびやれる環境でやれ」
というメッセージも内包されている気がします。

良いこころの状態で生み出されたものは
良い波動を放って、きっと遠くの人まで届くことでしょう。

僕の新しい部屋からは雑木林が見えますが、
幼少の頃の「庭」の息吹を感じると、
こころが弾みます。
これからの制作が楽しみです。



今日は国会議事堂でも
人間の鎖がつくられ1万人以上がこのデモに参加したようですね。

僕なりの脱原発アティテュードはここ1年で
「毎日の日常からの抵抗」
「世代間の意識交流」
この2点が大きく占めるようになりました。

前者は、
食養や自然療法、民間療法などを取り入れ、
病気をしないこと。放射能に負けない体をつくる。
なるべく病院や薬の世話にならない。
それが横行する利権への抵抗になるはずです。

そして後者は、
これが特に今、重要なことと考えますが
より多くの人と接して、社会の意識の流れをみつめることです。

やはり、親に僕が放射能や原発の話をすると偏っていると言われます。
まあ、つい感情的になってしまっているせいもあるかもしれませんが…
リベラルな意見は導き出すことはできないと思いますが
人と繫がる、この感覚を皆が意識的に持つようになればいいと思います。

「分離」というキーワードを以前取り上げましたが
放射能は「極陰性」であって、透過した人間の細胞を破壊し
分離させます。その体を経て湧き出た感情や波動、
形成される社会のコミュニティーの行く末はどうなるでしょうか。

目に見えることが全てではありません。

世の中、宇宙には人間が知らない事象のことの方が
圧倒的に多く、大げさに言えば「化学崇拝」
人間のその盲信が、戦争に象徴されるような
不和を生んでいる気がします。
僕らが見ている世界は
物質的側面から言えばほんの一部です。


あまり言うとまた偏ってると言われそうですが
日本の伝統的な信仰や天皇などを日常的にみて
まわりの人たちは一体どう理解しているのかかなり気になります。
これも自然や神と「繫がる」意識から来ているのではないでしょうか。
大昔は、この意識がきっと当たり前にあったからこそ
現在これだけ多くの社寺が残っているのでしょう。
もちろん、宗教が政治に利用されてきた歴史を踏まえた上で
そう感じています。それだけ身に染み渡っているというか。

物質的に豊かになればなるほど
この感覚は薄れていくことでしょう。
狩猟時代に食料の調達に四苦八苦してた時代から
人間は常にこころの「安心」や
生活の「安定」を求めてきたのですから。
だから目に見えるもの、結果がすぐにでるものは
一般的に浸透しやすいのだと思います。

今はその最果てにいる状態なんじゃないでしょうか。


音楽を続け、世界の音楽やトライブを知れば知るほど
自国と自分のルーツを知らなくてはならないと感じるようになりました。

これも、東京と地元にいる感覚と同じで
一回外に出てみないとわからないことが多いかもしれませんが
日常の当たり前のなかに、前進するヒントが隠されてると思って
これから先、
オープンマインドで、地に足ついた視点を養っていきたいと思う次第です。

1年前の今日がそうであったように
価値観なんて明日になれば180°変わってしまうのが人間です。

だから、固執しない、馬鹿になる、ムキにならない…
そんなスタンスで今年は伸び伸びやるぞーっ

世界の教えと内的世界

Posted: 2012/03/01 –
今、気づいてみれば毎日音楽に触れる日々を過ごしています。

音楽はむずかしい決まり事があるように思われがちだけど
本当はそうじゃない。
一音の響きが、瞬間の感情を内包した声が、
「偶然的」に織りなす奇跡的旋律だ。
アートも同じだけど、「なぜ」や「どうして」を
定義付けようとするからややこしくなるのではないだろうか。
ただし逆に、純粋無垢なものが美しいのは大前提として、
その定義や技術を、科学し構築してもそれはアートと成る。
定義のなかで遊ぶにも、センスがいるからである。
空間的で叙情的、哲学的で科学的なこの遊びは、
先史時代からヒトのココロを揺り動かし続けてきた。
だから人々はそのなかに人生の教えを託し、口承とした。
僕らがいま、日々触れる音楽はその延長線上に確実にあるのだ。
その感覚を大切にしたい。
酩酊させる倍音や、涙腺を刺激するメロディー。
そこに人の「理性」に依存しない本質を見いだすことが出来るし、
「ワールドミュージック」と現在呼ばれる音楽になかには
はっきりと共生のための理想と実現のヒントが隠されている。
右も左も白も黒もない。
この道を歩み生きる事は、
自分の内的世界と向き合うことでもある。
内的世界の奥の奥には、
他人と繫がる扉があって、
全てを共有できるのかもしれない。
ライヴは「気」の交流です。
一度それをやると、自分の開き具合もよーくわかる。
もっと知りたくなるし、繫がると喜びを感じる。

これだから面白くてやめられないという訳です。




80歳を超えてなお現役の歌うたい、アフリカ東海岸ザンジバルの「ビ・ キドゥデ」さん

地球は丸いのだ

Posted: 2012/02/25 –




先日木曜、急遽開催となった
“地球は丸いのだ!”
平日にも関わらず沢山の人と会えて嬉しかったです。
ライヴにはPJ、響ちゃん、MAR☆BINも乱入で大盛り上がり。
Always, Kichijoji Has Nice Time.
地球は丸いから、僕らはまた会えるのだ

自然農法

Posted: 2012/02/21 –



『奇跡のリンゴ』著者、木村秋則さんの本を読んで以来、
「自然農法」の魅力、その意味についてずっと考えていました。

自然農法のパイオニアでもある福岡さんは話のなかで、
『結果それは、砂漠化を防止することの研究でもあった』
とおっしゃっていますが、
自然農法を実践することは
自然そのものの生態系を観察することであり、
限りなく、再現させようとするものでもありますので
これは自然の声は万国共通であったことを裏付ける発言でもあります。

先日ここに書いたように
「気」のあるものを食すことが
人間が究極的に「生きる」ことの本質とするのであれば
いくら化学物質を含んでいないとは言え、
ぶくぶくに肥えさせるために有機肥料を与える農法には
自づと疑問符がつきます。

生命力に満ちあふれた果実や葉が
自分のからだをつくり命の源となる。
…そんなイメージですが、
最近はこれが本当の「食」なのでは?と感じます。

ただ、いざ完全無農薬、無たい肥、無耕起でやろうとすると
害虫が発生し、隣近所の畑の作物にも被害を出してしまう、
という問題もあるそうです。

まわりの深い理解と、長い時間、そして根気が必要となり、
強い信念がないと結実は難しい道でもあると聞いています。

自然は気まぐれで、厳しくも優しくもあるのだと思います。
裏切りを恐れた人間は、決して裏切らない機械を生み出し
それによって成り立つ社会を盲目的に信じてきた。
「信用」が近代社会のキーワードとなっているのは
お金の仕組みについて少しでも興味を持ったことがある方なら
すぐに納得できるのではないでしょうか。

この延長線上に都市があり、今の我々の生活がある。

その都市のなかで蔓延する精神疾患や生活習慣病。
日々の食に含まれる化学調味料で免疫力を落とし、
病気をしたら治療薬を買い続ける、というルーティーン。

これは西洋的な考えの「対処療法」から由来していますが
放射能が体に及ぼす害を考えたときに、
有効な手だてのヒントはむしろ「根本治療」である
東洋医学の方に多く含まれている、というのが僕の結論です。

いわゆる民間療法というものも
漢方はじめ東洋医学由来の知恵の結晶であります。

3.11以降、
放射能といかに向き合い生きて行くか、
いのちを繋ぐことの最善の方法は何か、
日々のなかで常に自問し行動の手だてを考えていました。

約1年かかりましたが、そのなかで導き出された答えのひとつが
上記のようなことでもあります。

今年はその実践編です。

一筋縄ではいかないことが多々あるでしょう。
がしかし、都会で得たタフネスは生涯の宝でありますので(笑)
めげずにじっくりと、ある意味、研究でもありますが
この道を追求していくつもりであります。

有りか無しかは自分で決める

Posted: 2012/02/19 –
先日、数年ぶりに再会した大学時代の恩師は
福島いわき市にある「アクアマリンふくしま」の関係者です。
(自然生態系を再現した、内容も外観も素晴らしい水族館です。)
地震後の話を伺ったら、やはり被害は甚大だったようですが
近所の水産系の飲食店などは再開の目処も立てられないなか、
こちらの水族館は昨年7月には営業再開にこぎつけたそうです。
そこにたどり着くまで、さぞかし苦心なさったことでしょう。


先生との話のなかで70年代より続く福島のヒッピーコミューン、
「獏原人村」の話も出てきて、僕も数年前にとある縁で
そちらでDJをやらせて頂いたことのある場所なのですが
30km圏内のこの村、ほとんどの村民は避難し、
もう数名しか残っていないらしい、といった話をしていた
翌日の今日、ネットでDOMMUNEを何となくつけたらまさに、
その村の当人さん(村長)が出演さなっていてビックリ!
そこで話されていたことがとても印象的で
「震災前は線量が高いところに住むなんて有り得ないと思っていたが
実際に被災者となったら、それが有りか無しかは自分で決めるしかない」
といったことをおっしゃてて、まさにその通りだなと思いました。

それは個人の感性だし、肉体的なことを言えば個人の免疫力次第なのですから。
生活そのものを表現としてきた氏の言葉には何だか力がありました。

だから、一概に個人の主観のみで
あそこにはもう住めない、なんて言えないですね。
反原発も然り拮抗だけでなく、色んな人の考えを聞き
個人の視点を持つことが今とても重要だと感じました。