なぜ今「農」を学ぶのか

Posted: 2012/08/28
なんという気まぐれなブログになったことでしょう。
自嘲してしまうくらいマイペースに「頑張らずに」更新してますが
こんだけ長い間書かなかったことは開設以来ありませんでした。
もうコケが生えかけてますよ〜、と自分に言い聞かせてます。
その間、チェックして批判、期待、はたまた呆れ、
少しでも感情を巡らせ、ここに想いを馳せてくれた方がいたことは
存じております。ありがとうございます。


日々劇的だと「思っていた」東京生活を離れて早半年。
まあ、夢を持っていればどこにいても同じかな、というのが最近の感想です。
今年の春夏、僕は何をやっていたか?といったら「畑」としか言いようがありません。
とにかく本気で、今、このときに「農」を学びたいと思った。
農家になりたい訳ではない。なぜ「今」なのかと言えば
それがこれからの生き方の1つの基軸になると直感しているからです。
塩見直紀氏のことば「半農半X」…
3.11以降この言葉は自分の脳裏から離れないどころか
日々その重みを増していっています。
自由、社会、貨幣、子孫…これからはそれらに対し
明快なビジョンを持つための「戦い」を挑まなくてはいけない。
遅かれ早かれ「今は関係ない」と思っていても必ず個人が
それらに対し答えを出さなくてはならないときが来るはずです。

僕は畑を隣の空き地につくったら、当然日々近辺の方々の目に触れるので
自然とコミュニケーションを取るようになりました。
隣の小学生と播種や草むしり、収穫したりして
「いいな〜、わたしもやりたい!」
と言わしめたので、たった4ヶ月だけど1つ大事なことを伝える事ができ、
白い目で見られながら耕起して僕がうつけになった日々は
ムダではなかったと安堵したのでした。

食物をつくる行程に触れると、嫌が応にも
自然の摂理やセンスオブワンダーを学ばざるを得ません。
ふと立ち返って人間ばかりに囲まれた社会のなかに自分がいるとき、
「不自然」に気付くタイミングが出てきます。
自然から学ぶことは多く、畏敬を抱かざるを得ません。

僕は自身の歴史年表を先日書いてみました。
そのなかに頻出し抽出されるキーワードには
「造形」「音楽」そして「自然」がありました。
東京にいてずっと恋焦がれて居たものは自然であり
それが農と帰結し情熱で僕を動かしているのです。
そして継続してきた美術や音楽に関すること、
これらが僕が一生涯やりたいこと、つまり「X」なんだと
今さらながら確信しました。

正直言ってここ数ヶ月はDJという表現に
興味が薄れていっていたことは否めません。
しかしSOLEA君らとはじめたorbitでの
アンビエントミュージックパーティーでの
肩肘張らないスタンスやオーガニックな表現に
また新たな活路を最近は見いだしてきました。

『「自然」の「造形」で「音楽」を演る』

これがこれから追求すべき自分の音楽スタイルかもしれません。


農を中心に見据えて、ライフスタイルのなかから
天職を追求し発信する、個々が屋号を持って独立し
小さなコミュニティーから社会を変えていく!
というのが最近の理想的ビジョンになってきました。